どうやら都市計画の専門家であっても、「公衆衛生は都市計画の原点である」という事実を、多くの方は長いこと忘れていたらしいですね。
私も都市計画の授業で、「イギリスやドイツにおける近代都市計画の萌芽は公衆衛生の確立にある」ことを習った覚えがありますが、忘れていました。
ロンドンのコレラの拡大を一つのきっかけとし、ハワードが前世紀はじめにスリーマグネット(都市・田園・田園都市)のコンセプトを示し、田園と都市の長所をミックスした田園都市の可能性を説いたこと、などですね。
大学の学科でも以前から、都市計画と衛生工学がセットになっている例がいくつかありました。たとえば東京大学工学部都市工学科は都市計画コースと衛生工学コース(現在は都市環境工学コース)で構成されていました。
第一生命財団の機関誌「City&Life」NO.130 特集「コロナ後の都市と暮らし」は、この重要な事実を思い出させてくれました。
第一生命財団の機関誌「City&Life」とは
「City&Life」をご存知ない方がほとんどだと思うので、ご紹介させていただきます。
「City&Life」は(一財)第一生命財団の機関誌で、1984年2月に創刊され、「都市のしくみとくらし」を基本テーマに毎号特集を組んでいます。(現在は4・8・12月発行。頒価500円、送料実費)
また、No.114からはHPにて全文を公開しています。
http://group.dai-ichi-life.co.jp/d-housing/citylife.html
この「City&Life」、以下のように錚々たる企画委員がそろっており、毎回、読み応えのある内容になっています。
企画委員:
日端 康雄(慶應義塾大学名誉教授)
陣内 秀信(法政大学特任教授)
大村 謙二郎(筑波大学名誉教授)
木下 庸子(工学院大学教授、設計組織ADH代表)
小泉 秀樹(東京大学教授)
小野 文夫(当財団常務理事)
佐藤 真(株式会社アルシーヴ社)
「コロナ後の都市と暮らし」を特集
昨年末(2020年12月)に発行された「City&Life」NO.130では、「コロナ後の都市と暮らし」を特集していました。
企画委員のうち、陣内秀信・大村謙二郎・小泉秀樹の3氏がオンライン座談会を行い、「都市のしくみとくらし、これからの方向性」というテーマで語り合っていました。
充実した内容でとても勉強になりましたので、本誌から抜粋しつつご紹介します。
座談会「都市のしくみとくらし、これからの方向性」
まず陣内氏が、コロナ禍をどう捉えるかなどを述べています。
(引用に際して一部太字にしています。)
今回のコロナ禍は、過剰になりすぎた都市のあり方や人間性を欠いたライフスタイルの問題、風通しの悪い法制度の問題など、指摘されていたけれど手がつかなかった問題を真剣に考えたり変えていく、いいチャンスではないかと思います。そういう目で本誌『city&life』を読み返してみると、さまざまな問題を先取りした提言もあって、コロナ禍の今だからこそ実現できるダイナミックな発想も生まれるかもしれません。
【陣内】
続いて大村氏が、ドイツの近代都市計画誕生の背景に公衆衛生があること、などを論じています。
歴史的に見れば、文明社会はこれまでもたびたびパンデミックに襲われてきたわけですね。ペストが蔓延した12、13世紀のヨーロッパでは、人口の半分近くが亡くなったといわれています。約100年前のスペインかぜもものすごい勢いで世界に流行して、日本でも建築家の辰野金吾など著名な文化人が亡くなりました。
【大村】
私は以前、ドイツの近代都市計画誕生の背景を調べたことがあるのですが、その時大きな議論になっていたのは公衆衛生でした。住宅や労働環境を衛生的に改善するために、ドイツ公衆衛生協会が建築法制や生活上の規制を議論して、それが都市計画の一つの出発点となりました。
【大村】
本誌には、3氏のオンライン座談会のほかにインタビュー記事も掲載されているのですが、南後由和氏(明治大学情報コミュニケーション学部准教授)は以下のように指摘していました。
スペインかぜとピロティ建築との関係、私は初めて知りました。
今後は、コロナウイルスをめぐる経験を、都市においていかに物質化し、新たな建築や空間の型として次世代に継承できるかが問われるでしょう。
スペインかぜが流行した20世紀初頭には、ル・コルビュジエに代表されるモダニズム建築において、光や風を巧みに取り入れるための大きな窓や吹き抜け、ピロティなどが、新しい建築の型として生み出されました。
都市は、時代を超えて継承される集合的記憶が刻印されたメディアです。
【南後由和(明治大学情報コミュニケーション学部准教授)】
オンライン座談会に戻りましょう。
大村氏が、テレワークなどの「ニューノーマル」が(人と人が自由に接触し交流するという)都市の魅力をスポイルしてしまうことを指摘した後で、 小泉氏も公衆衛生の話に触れています。
都市も、やはり人が密に集まって交流することが大きな魅力の一つですが、それゆえ感染症は都市を中心に拡大を繰り返してきました。
大村先生も指摘されたように、都市計画はそれを制御するために誕生したという側面もあって、日照や採光、通風の確保も、太陽の下で布団をちゃんと干せれば菌やウイルスを殺すことができるという、衛生面からつくられた基準なんですね。
(中略)
しかし最近まで、こうした感染症の問題は、都市計画ではほとんど論じられることがなくなり、また公衆衛生の方でも、感染症防止より生活習慣病の予防が重要となってきていました。
そこで、「健康になれるまちづくり」というテーマで、改めて都市計画と公衆衛生が接点をもち始めたところでした。
けれども今回のようなコロナ禍に見舞われてみると、やはり公衆衛生と都市計画は、健康で衛生的な環境をつくるための双子のような関係だな、と、改めて認識させられます。
【小泉】
その後、陣内氏が「マイクロツーリズム」「ウ ォーカブルシティ」など「比較的明るい方向性」に言及した後で、以下のように大村氏がマスタープランの考え方を示唆し、その後、各自まとめを述べています。
都市のマスタープランを描くことは大切ですが、そこには可変的、流動的な要素があることを理解しながら、単一の都市像に収斂しないことが重要です。
都市計画は専門家の独占物ではなく、そこに住む人、働く人、利用する人、楽しむ人みんなのもので、彼らの希望や創意工夫が反映される仕組みをつくることが、専門家の果たす役割だと思います。
今回のコロナ禍を契機として、そういう新しい都市づくりのあり方を、あまり急いで解を求めないで、ゆっくり、じっくり考えていきたいと思います。
【大村】
これからの都市は、住む場所から働く場所、遊ぶ場所へと往復するような制約されたモデルより、生活圏を中心として時間を過ごすモデルの方が、より望ましいのではないかと思います。
【小泉】
ミラノ工科大学教授で、欧州委員会(EC)のイノベーション政策にも関与しているロベルト・ベルガンテ ィさんは、イノベーションの本質は問題解決ではなく、生きる意味をつくることだと言っていて、今日の、この座談会の話そのものだと感じました。
じ ゃあ生きる意味は何かと考えると、やはり人と人とがナマで交流すること。
また芸術や人間の歴史といった人間のクリエイティブな文化が、人を元気にするし、そこからまた生きる意味を受け取ってもいる。
一人ひとりがそういう体験のできる都市に、コロナ後は再生していく必要があると、今日のみなさんの話をうかがって、ますます僕もそう思います。
「スローシティ」は、そういう一人ひとりの意味を包摂する共通の概念として、もっとしっかり発信したいと思います。
【陣内】
このコロナ禍がたとえ長期間に及ばなくても、この経験を一過性で終わらせないで、都市って何だろうとか、都市や郊外、田園、農村との関係をどう考えるのかというように、改めてさまざまな視点から考えていく良いきっかけとしたいですね。【大村】
都市計画の原点を振り返りつつ、「一足早くきた未来」や「アフターコロナの都市像」を考える
この記事は2021年6月に書いていますが、高齢者を中心にワクチンの接種が進んでおり、いずれコロナ禍は過去のものとなるのかもしれません。
しかし、巻頭言「『ニューノーマル2.0』の都市とは」にあるように、2008年のリーマンショック以降の世界像として提唱された「ニューノーマル」はコロナ禍によって加速されたといえるでしょうし、テレワークに象徴される「働き方」の急速な変化などは「一足早くきた未来」(大内伸哉 神戸大学大学院法学研究科教授)といえるでしょう。
私にとって「City&Life」の特集は、「アフターコロナの都市像」を考えるとともに、都市計画の原点を振り返る、良い機会となりました。
最後に、座談会3氏の一言をそれぞれご紹介して、この稿を終わります。
陣内秀信 法政大学特任教授
「指摘されていたけれど、手がつかなかった都市の問題を真剣に考えたり変えていく、いいチャンスではないでしょうか」
大村謙二郎 筑波大学名誉教授
「都市の自由さを、ポストコロナ時代の都市にどのように再構築できるか。非常に重要なテーマの一つだと考えています」
小泉秀樹 東京大学大学院教授
「公衆衛生と都市計画は、健康で衛生的な環境をつくるための双子のような関係だな、と、改めて認識させられます」
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