「ファイバーシティ」が頭から離れない  ~都市の線状要素、そして縮小の時代のメガロポリス像を考える~

都市政策

 「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」(著:大野 秀敏・MPF)を読了しました。
 本書は東京大学大野研究室の研究活動をまとめ2016年に出版されたもので、共著者のMPFは大野研究室のOB会「Metropolis Forum」とのことです。
 
 なお、大野秀敏氏ほか現代の建築家の活躍については、当ブログの「『建築家のもがき』を垣間見つつ、その理論を学ぶ」を読んでいただきたいと思います。

「ファイバーシティ(FIBER CITY)」って、なに?

 皆様にとって「ファイバーシティ(FIBER CITY)」という用語はおそらく初耳だと思いますので、簡単にご紹介します。
 まず「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」「謝辞」において、この概念の萌芽を筆者は以下のように述べています。

(なお、noteに引用するにあたり、読みやすさ等の観点から、文章の改行、ボールド体設定を行っています。書籍と同一ではありませんのでご了承ください。)

 著者は、槇文彦氏が東京大学で教授であった時代に助手を務めた。槇氏退職直前の研究プロジェクトのなかで、東京の空問特性を表現するキーワードとして発見された概念が「線分性」であった。
 西欧や中国の都市には都市空間全体を支配する無限に伸びる直線が認められるのに対して、東京では断片的で短い線が卓越し、それらが東京の場所の性格を支配しているという発見である。
 この用語が一つの啓示として著者の心に宿った。ファイバーシティは、この分析概念を計画概念に発展させたとも言える。
( 「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」 謝辞)

 さらに「序」では、「ファイバーシティ」や本書の趣旨について以下のように説明しています。

 ファイバーシティはわれわれの造語であり、それは具体的な都市ではない。
 ファイバーシティは、成長の時代の後に続く縮小の時代を都市が乗り切り、それを実り豊かな時代とするための都市計画理論であり同時に具体的な提案(プロジェクト)で示す都市戦略群である。
 ファイバーシティの形態的特徴は、都市の線状要素に注目し、それを操作することで都市の流れと場所を制御しようとすることであり、理論的特徽は、従来の都市デザインが基礎をおいてきた場所論に加えて流れの視点を導入することにある。
 本書では、私たちは、東京首都圏と日本海に近い長岡市を対象とする。規模が違うニつの都市を取り上げることで、未来の都市のあり方に対して広く示唆ができればと考えている。
      ( 「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」 P3 )

「ファイバーシティ/東京2050」(2006年)

 私の場合、2年ほど前に「ファイバーシティ/東京2050」※(2006年公刊)を知り、それ以来、「なぜか頭から離れない」状態になっていました。
 「今後の都市計画を考える際のヒントを与えてくれるかもしれない」とは思いつつ、「概念が難しい」上に「戦略のネーミングも変わっている」など、難解で(恐らく)未完成の理論だったからです。

http://www.fibercity2050.net/

 「ファイバーシティ/東京2050」では、「ファイバー」を以下のように説明していました。
(引用にあたり一部省略しています)

都市空間で言えばひも状の空間です。
現代都市はファイバーにあふれています。例えば交通網です。
・東京の空中、地上、地下あらゆるところにファイバーが張り巡らされています。
・通信網もファイバーの形状をとっています。
ファイバーは速度の空間です。
・商店街もファイバーの一種です。
ファイバーはにぎわいの空間であり、交流と交換の空間です。
ファイバーは境界の姿でもあります。
伝統的な東京もファイバーはありふれた存在でした。
・例えば寺社の参道や広小路、河川の堤などです。
・現代都市及び伝統的都市には多数のファイバーが現れています。

 さらに、「ファイバーシティ」の特徴として以下の5点を挙げ、その上で「ファイバーシティ2050は縮小の時代のメガロポリス像です」と述べていました。
(本文を一部略して引用しています。)

1 ファイバーシティーは経済合理性を追求し最少の介入で最大の効果を上げようとします。

2 ファイバーシティは現在ある造物はむやみに壊さす、まずは再利用して活用する道を探ります。これまでの理想像の提示は状を否定することから始めましたが、環境の時代の理想像は現状を受け入れることから始めます。

3 
現状を受けいれることも線的な都計画的介入も、場所の歴史性の重視に繋がります。ファイバーシティは歴史的継続の中に生きていると考えるからです。

4 ファイバーシティは、公共交通を都市の環境問題を解決する上で欠かせない戦略であると考える
と同時に、交通弱者を生み易い高齢社会では公共交通の利用を基本的な市民の権利と考えます。

5 ファイバーシティは、また消費の重要性を認識しています。
様々な価値の交換こそ都市の魅力です。それを支えるのか、密度とモビリティと境界だというのが我々の考えです。

また、戦略の呼称も以下のように、一風変わったものでした。

 緑の指 /Green Finger    
 緑の網 /Green Web     
 緑の間仕切り /Green Partition
 街の皺 /Urban Wrinkle   

 「緑の指」では鉄道路線(駅周辺)への居住集中とそれ以外の緑地化、「緑の間仕切り」では防災緑地帯、「緑の網」では首都高速道路の廃止と緑地化が示されていました。

 「首都高速道路の廃止と緑地化」は、廃止した鉄道の高架部分を線形公園にしたニューヨークのハイラインを彷彿とさせます。
 「ファイバーシティ/東京2050」が公刊された2006年段階では首都高速道路中央環状線の新宿線、品川線が建設中であり、その完成後に首都高速道路1号線などについて高架構造物をハイラインのように緑地化する(一部は緊急車両レーンや自転車レーンとする)ことを想定していたようです。
 
 なおその後、中央環状品川線は2015年に完成供用し、これによって首都高速道路中央環状線の全区間が完成供用されました。

(「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」より引用)

 また、首都高速道路のうち日本橋付近(日本橋区間)は景観についての議論を経て、日本橋付近の首都高高架橋が撤去(地下化)されることになりましたが、著者は安易な撤去論に組みしない立場とのことです。
(景観などについては後日、別途記事をまとめたいと思っています。)

「ファイバーシティ/長岡2050」(2011年)

 「縮小の時代のメガロポリス像」である「ファイバーシティ/東京2050」(2006年)発表の5年後に、地方都市にこの理論を適用した「ファイバーシティ/長岡2050」(2011年)が発表されました。
本書「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」は、「ファイバーシティ/東京2050」「ファイバーシティ/長岡2050」をベースに、その後の研究成果を加えたものとなっています。

 「ファイバーシティー/長岡2050」については、完成時の宣伝ビデオクリップと報告書が公表されています。
http://www.fibercity2050.net/Fibercity2012.html

 なお「ファイバーシティー/長岡2050」報告書は以下の6巻で構成されています。(上記サイトの表示が不正確なので修正しておきます)

「ファイバーシティー/長岡2050」報告書
1-FIBERCITY THEORY ファイバーシティ理論
2-DIETING CITIES 都市のダイエット
3-ORANGE WEB 暖かい網
4-URBAN WRINKLE 都市の皺
5-ORANGE ROUNDS 暖かい巡回
6-ORANGE TABLES 暖かい食卓

 たとえば、報告書「2-DIETING CITIES 都市のダイエット」では、長岡市の将来シナリオ(都市像)を3ケース設定した上で、CO2排出量とコストの評価を行い、
最良のシナリオでもCO2排出量削減量はさほど大きくないこと
コンパクトシティは課題も山積みだが、それでもコンパクト化は必要であること
などを、推計値とともに結論づけています。

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 これらの報告書で勉強になる部分は多いのですが、この報告書の主目的である「自治体行政への政策提案」としては首肯できない部分も多々あることも、あわせて指摘しておきたいと思います。 

たとえば、報告書「3-ORANGE WEB 暖かい網」では

・バス停や路線図、バス車両の改善
・合理的な料金の徴収、切符の検札
・バスネットワークの組み合わせ(BRTとオンデマンド)
など、いわば「乗りたくなるバス網」を提案しています。

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 将来のバスの交通分担率の目標を40%とし、「高い目標の設定」としているのですが、どの程度高いのか?、これが実現可能な目標なのか?を、検討していないように思います。
 少なくとも、報告書「2-DIETING CITIES 都市のダイエット」と比べて数値的な検証が不十分なのは明らかです。

 私自身が都市交通計画や鉄道計画を専門にしているので特に強く感じるのかもしれません。
報告書第3巻については都市交通のコンサルタントが参加しているようですが、実践することを考慮した報告書だとは思えません。
 自治体行政への政策提案であるならば、事業費・補助金の規模やモーダルシフトの概要、バス事業者の協力などを含めた、実現可能性の検証が不可欠
でしょう。(長岡市がそこまで求めなかったのかもしれませんが……) 

「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」 ~ 流れと場所の計画論 ~

 本書「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」においては、21世紀の都市では「ファイバー」のひとつの要素である「流れ」の概念が不可欠であることが強く打ち出されており、「場所」を重視してきたこれまでの専門家が転換を迫られていることも指摘しています。

 都市計画理論における「流れ」と「場所」の乖離もまた大きな問題である。
 建築にも都市にも、交通や水やエネルギーや情報などさまざまな「流れ」があり、重要な計画対象なのだが、都市の骨格を決め構築物を計画する専門家は「場所」に関心を示し、「流れ」は多くの場合、技術的分野の対象に閉じ込められてきた。
 ところが、21世紀になり、人々の住み方や働き方にこれまで以上に「流れ」の影響力が強くなっている。
 都市空問の再組織化の方法論のなかで、「流れ」と「場所」の統合を試みてみようと思う。
(中略)
 2005年の会議での発表をファイバーシティVersion1.0とすると、本書はVersion3.0となる。
 一方、縮小する時代には拡大成長する時代の計画理論とは異なる都市計画理論が求められる。
 その核となるのが『流れ』と『場所』の統合だろうと考えている。

「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」 序 P3)

第一章 流れと場所の計画論 (抜粋)

われわれに必要なのは、縮小する都市に包容力のある「場所」と活気に満ちた「流れ」を作り出すための実現可能な都市戦略、そしてそれらに一貫性を与える理論を構築することである。
「ファイバーシティ」はそのための計画理論の素描であり、実践的都市戦略である。
ファイバーシティは世界中に何万と存在する既成の都市を相手にして、それらの都市が秘め持つ潜在力を引き出し、都市の体質を変え、縮小の時代に耐える体力をつける内科治療的な処方箋を提示しなければならない。
近代都市計画を西洋医学の外科手術に比するなら、ファイバーシティは東洋医学的な代替医療と言ってもよいだろう。
 よく知られているように、後者の最大の関心は患者がもつ自然治癒力を最大限引き出すことにある。そのためには、線的要素を操作するのがもっとも効果的だというのがわれわれの見解である。
ファイバーシティは、既存の都市を対象に、比較的小さな線状要素(ファイバー)を操作することで、都市のなかの「場所」と「流れ」を同時に制御しようとする内科治療的な計画理論である。

「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」 P78 )

都市計画思想「ファイバーシティ」は、どこまで完成したのか?

 これまで、魅力的ではあるが未完成と思われる「ファイバーシティ」を考えてきました。
 本書「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」では、縮少する都市のための新たな都市計画思想である「ファイバーシティ」の構築に向けた論考をしているわけですが、著者も未完成であることは強く認識しているらしく、「現時点で明言できること」として以下の8項目をまとめています。

都市計画思想「ファイバーシティ」 現時点で明言できること

1. 縮小の時代の既成都市のための内科治療的な計画理論
  ファイバーシティは、既存の都市を対象に、比較的小さい線状要素(ファイバー)を操作することで、都市のなかの「場所」と「流れ」を同時に制御しようとする内科治療な計画理論である。
2.  都市を「流れ」と「場所」で考える
 都市の「流れ」と「場所」は相互に依存し条件づける。「流れ」は「場所」に生気を吹き込み、「場所」の様態は「流れ」を呼び起こす。
3. 線状要素によって「場所」を定義する
 線状要素(ファイバー)は「境界」として、あるいは編まれて<織目>として「場所」の定義に関わることができる。
4.  線状要素によって「流れ」を制御する
 線状要素(ファイバー)は「流路」として「流れ」を具体化し、「境界」として「流れ」を制御する。
5.  自律性をもった小さい単位による介入
 大きい流れが卓越する現代都市では、市民の能力で把握と制御ができ、時間的変化に対応できるように、介入単位は小さく、地域に小さい流れが生まれるように、一定の自律性を持たせることが必要である。
6.  最小介入の原則
 少ない投資で小さい空間的介入を行い、大きい効果を目指すことは、成熟した都市の空間の再組織化に必要なばかりか、現代の環境デザインに対する倫理的要請でもある
7. 編集による計画 
 既にあるものと新しいもの、そして自然と人工物が一緒になって緻密で豊かな織物を織り上げることこそが都市デサインの目標となる。
8. 都市空間への介入者は庭師のように振る舞うべきである
 ファイバ-シティのモデルは庭であり、庭を作り管理するのは庭師である。庭師は、以下の点を考慮して物と自然物の混成系の形と関係をデザインする。
 1) 庭の計画の内容は、計画地の気候や地形に強く支配されること
 2) 庭は樹木の成長に伴って日々変化する。当初の構想を立てた庭師が世を去った後も自律的に変化し続ける。
 3) 庭の将来の姿は初期のデザインだけではなく実現後の管理のやり方に大きな影響を受ける。

「ファイバーシティ: 縮小の時代の都市像」 P102、103 )

ファイバーシティの何が私を惹きつけたのか?

 長くなってしまいましたが、冒頭に戻って、「何故ファイバーシティが頭から離れなかったのか?」「ファイバーシティの何が私を惹きつけたのか?」を考えてみたいと思います。

 まず、私自身が「シュリンク(縮小)の時代」の都市計画理論を求めていたのだろうと思います。
 以前ドイツでは旧東ドイツ地域での経済的不振や人口減少に対応するため、都市のシュリンクに対応した施策を展開していました。
 たとえば、共同住宅(6~7階)の上層階を撤去するなど、建築物の「減築」を実施するなどです。これらは明らかに、これまでの「近代都市」にはありえない施策でした。
 このような私にとって、「縮小の時代の都市像」を標榜する「ファイバーシティ」は魅力的な都市計画理論のひとつでした。

 次に2点目ですが、私にとって「ファイバー」(線的要素)が理解しやすい概念だったことです。
 前述した通り、私は土木系の都市プランナーなので、線的な都市施設(道路、鉄道、河川・水路、細長い緑地など)の計画に携わった経験があるからだろうと思います。また、逆に建築系の方には理解しにくい概念なのかもしれません。

 3点目は「流れ」「速度」という要素を都市論に持ち込んでいることです。
 線的な都市施設の多くは、人流、物流、水流などの流れを伴う施設です。
 都市交通や衛生工学(上下水道など)などの分野では「流れ」の研究が欠かせませんが、都市全体の理論として「流れ」「速度」を持ち込むことは斬新に思えました。
 ただし、「『流れ』や『速度』という要素が都市の姿にどのような影響を与えているか」、そして「どのように都市論にビルトインするのか」などといった点について、本書で首肯できる結論が示されているわけではありません。

 本書の「序」に「都市の骨格を決め構築物を計画する専門家は『場所』に関心を示し、『流れ』は多くの場合、技術的分野の対象に閉じ込められてきた」とありますが、「流れ」は都市交通・衛生工学・河川工学などに特徴的な分野であり、建築を専門とする方々にとって「流れ」は「ファイバー」以上に分かりにくい概念なのかもしれません。

(なお、「流れ」(や「速度」)という要素を都市計画論にビルトインすることについては、「流れといのち──万物の進化を支配するコンストラクタル法則」(エイドリアン・ベジャン)を題材に、別途考察したいと思っています。)

最後に ~ 縮小を考える事はアグレッシブに未来を考える事

 最後に、ファイバーシティの考察にお付き合いいただいた皆様に「ファイバーシティー理論」(2012 東京大学 大野研究室)の一文をご紹介します。
 「シュリンク(縮小)の時代」の都市計画理論を求めていた私にとって、とても元気の出る考え方でした。
 このnoteを読んでいただいた皆様、特にこれから都市計画を実践していく若手の方々に、是非ご紹介したいと思います。

縮小を考える事はアグレッシブに未来を考える事

縮小を主題にすることが、ある種の終末論として響くとしたら、それは我々の意図とは全く逆の方向である。
 たしかに縮小は不景気な話である。
 いままで増え続けていたものが、これからは減るぞという主張は望みを絶ち、縮みゆく世界をただ諦観をもって眺めろと言っている様に聞こえるとしたら、それは我々の力不足である。
 一方、成長と膨張に慣れた見方からすれば、縮小は一時的な事だとし、我々を敗北主義的で受け身的と責めるかもしれない。
 しかし、縮小は現実であり当分のあいだ続く。と言って、後ろに戻っているわけではない。
 たとえば、高齢社会は介護や医療で費用がかかり、高齢者の多い社会は生産性も落とすので、これは縮小の一つの原因であるが、高齢社会そのものは人類の夢である不老長寿の半分の実現である。
日本が世界で一番長生きできる国である事は、我々が理想社会に一歩近づいたと言う事であり、祝福すべきことである。ただ、理想社会を維持する為には、それ相応の費用と犠牲が必要である。
 そして、それは今までの社会とは異なる社会であり、それに対応できる様に都市や近隣社会のあり方を作り替えなければならない時期にいるのだという理解こそ必要なのである。
 縮小を考えるということは、未来を先取りし積極的に新しい時代に社会を作り替える事に挑戦することなのである。

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http://www.fibercity2050.net/Fibercity2012.html

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